童話『ヒートテックの一生』

 

 

 

4月。まだ生き残っているヒートテックは、怯えていた。自分の命はもう、そんなに長くないんじゃないだろうか。はっきり言い切れることではないが、何か本能的な、“終わり”の予感が、胸の奥底に確かにあった。

 

 

 

最近は、仲間の姿もてっきり見なくなった。コートやマフラー、手袋も、すっかり消えてしまった。それもあの、暖かい日差しのせいなのだろうか。様々な動物にとっては、それは希望のように眩しくて、美しいのかもしれない。しかし、俺たちにとって、それは、灼熱の炎のように、刻一刻と迫り来る、地獄のように襲いかかってくるのであった。

 

 

 

そして今まさに、弟のタイツが、姿を消した。一瞬だった。一瞬目を離したすきに、白い大きな袋の中に詰められてしまった。声も出せないうちに、袋は縛られ、青い円柱の箱のような空間に押し込められ、蓋をされてしまった。俺ももうすぐ、そうなる。そうなることはわかっている。

 

 

 

俺は、海の向こうの工場で生まれた。生まれてすぐ、飛行機に乗せられた。目が覚めると、俺は、俺と同じような衣料品たちとともに、棚に並べられていった。たまたま近くにいた、“ダブルジップパーカー”や、“マイクロフリースプリントタートルネックT”(随分と長い名前だ)とかいう奴に話を聞いてみても、同じように、生まれて間もなくここへ連れてこられたらしい。

 

 

何日か経って、周りの様子を窺っているうちに、どうやら俺たちは人間に纏われることで生きていく存在だということがわかった。周りのみんなも、少数ずつながら、「試着室」と呼ばれる部屋に連れていかれた後、そのまま、さらわれていった。たまに、文句を言われながら帰ってくる者もいたが。

 

 

 

10月の半ば、俺もついに人間に連れ去られた。そいつは、「今年の冬は冷えるからな」と言っていた。なるほと、どうやら俺たちは、人間に纏うことで暖をとらせることができるらしい。なかなか徳の高い生き物ではないか。まだやってみたことはないが、よし、全力を尽くしてやろう。

 

 

 

 

 

それから、半年が経ち、俺もこの生き方に誇りを持ち始めた頃。どうやら、この世界は年月を経ることで暖かくなったり寒くなったりするということがわかった。俺も、俺の弟であるタイツも、時間の経過とともに、人間に纏う機会が段々と減っていった。

俺と弟は、半年の間、人間の上下に纏わりついていた。ハッキリ言って、最高のコンビネーションだったと思う。おかげで人間は、寒い中よく外へ出た。俺たちには、自信があった。弟とならば、どこへでも人間を送り出せる。そう思っていたのだ。

 

 

それがどうだ。今まさに、弟であるタイツが、その命を終えてしまった。弟は、俺と違って細く、スラッとしていた。弟に与えられた仕事は、人間の下部組織を覆うことだった。人間というのは、下部組織の前後運動によって移動をする生物らしい。そのせいか、弟の体は伸びきってしまい、その躯体はもはやボロボロと言っても過言ではなかったのだ。

チクショウ。俺が変わってやれればよかったのに。

しかし、俺と弟では体型が違う。俺には、人間の上部組織を覆うことしかできなかったし、弟は弟で、人間の下部組織を覆うことしかできなかったのだ。だが、俺ももう少しで役目が終わるだろう。せめて天国では、弟のことを労ってやろうと思う。

 

 

 

そして、ついに俺にも、その日がきた。人間は、タンスを開けるなり、俺をガサツにつまみ出した。長いようで、あっという間だったような気もする。この世界が、どんな場所なのか、もっと詳しく知りたいとも思ったが、俺にはもう、そんな時間は残されていないのだ。俺たちはどこから生まれ、どこへ行くのか。それは誰にもわからない。ただ一つわかることは、この世界で、俺は、確かに生きていたのだ。さぁ、俺を、弟のもとへ連れて行ってくれ。

 

 

「これは来年も使え...そうだな! とっとくか!」そう言うと、男は、この年末に買ったユニクロの黒い長袖のヒートテックを箪笥から取り出し、押し入れの奥のダンボール箱に押し込んだ。

 

「今年の冬は寒かったな〜。来年は暖冬でありますように!」

 

 

男は、押し入れの戸を閉めると、白いシャツに青いカーディガンを羽織り、買ったばかりのスニーカーを履いて、家を飛び出した。